ウルムチでの犠牲祭で見た人々の生活 新疆ウイグル弾圧の中でウイグル文化は残っているのか

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2018年8月、新疆ウイグル地区のムスリム強制収容所が急速に拡大し、多数のウイグル人が拘束されて始めていた。

そんな時期、新疆ウイグル自治区最大の都市、ウルムチに訪れました。

日本のインターネット上には、「ウイグル人はウイグル語を話すことは禁じられている」、「ウイグル人はほぼ収容所送りで、今やウイグル自治区にいるのは漢族だけ」などの噂話が流れています。

私がウルムチに到着した頃、イスラム犠牲祭が重なっていました。

犠牲祭とはラマダーン(断食)明けに行われるムスリムにとって重要な祝祭で、家畜を生贄として捧げ、その肉をお祝いの食事として親類や友人と分け合う、というものです。

そんな記念日、ウルムチに住むウイグル人はどのように過ごしているのでしょうか。

ここでは、一旅行者として、現地で見たウイグル人の生活を書かせていただきます。

 

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観光地化されたモスクとスーク

 

 

ウルムチで最も有名な観光地の一つであるモスク。
もはや礼拝を行う場所とは思えぬほど変貌を遂げています。

 

 

モスク前にはものものしいセキュリティゲートがあり、入場には荷物検査とIDカードをスキャンする必要があります。

外国人は別の入口から入場しますが、日本人であることがわかると、「日本人没有什么(日本人は危険物待ってないよ)」と言われ、荷物検査スルーで通してくれたこともありました。

 

 

新疆名物でもある囊(ナン)、烤肉(新疆バーベキュー)と記念撮影が撮れる場所。実に中国の観光地らしい光景です。

 

 

大型スーパー、カリフールとスークの同居。

 

 

かつてウイグル人が集まっていたフードストリートへ向かいますが、

ここでもセキュリティゲートを越える必要があります

 

 

ウイグル人の生活が密接に結びついたフートストリート・・・とはいえない、近代的な野外フードコートとなっていました。

値段はどれも観光地価格で少し高め、現金で支払いをする人が一人も見かけず、全員がQRコードでの支払いをしていたのが印象的です。

廃墟と化したウイグル人が住んでいたエリア

 

天山区老城区。

ウイグル人が多く住んでいたエリアですが、「改造」と称し、多くが立ち退きを余儀なくされています。

 

 

過去には繁華街である風貌を残していますが、今では廃墟と化しており、広い道路は駐車場として利用されているようです。

 

多くのウイグル人は、定められた区域に住まわされており、その区域の入口にはセキュリティゲートがあります。
ゲートの解錠にはIDカードをスキャンする必要がありますが、実際には人々はお構いなしに誰かが開けたスキをついて入場してました。

羊の解体

ここからはショッキングな画像が続きます。

 

ウイグル人居住地区を散策していた際、羊を引きずる人の姿が目に映りました。

その後ろを興味本位で着いていくと、羊の解体場所に辿り着きました。

 

 

羊の断末魔、黙々と羊を捌く男たち、それをジッと見つめる子供。

そこには、普段ウルムチの日常では見ることのできないウイグル人の生活がありました。

 

しばらくその光景見ながら呆然としていると、不審に思われたのか、羊の解体をしている男に話しかけられました。

 

「有什么事儿?(何か用か?)」

「来旅游的,我是日本人。可以拍照吗?(私は観光に来た日本人です。写真を撮りたいんですか)」

「喔,可以可以(あぁ、いいよ)」

 

邪険にされることなく受け入れてくれました。

 

剥がされた皮は重ねられている。

肉塊はあちこちにみかける。

解体を待つ羊。

 

この場に漢族は一人もいませんでした。

聞こえるのはウイグル語と羊の叫び声だけ。

ウイグル人が漢族に抱いている実際に感情は分かりかねますが、想像はできます。

パッと見は漢族の私一人がこのエリアを歩いていることに少しだけ恐怖を覚えました。

 

ここのウイグル人居住地区はまるで切り離されたかのような、

中国でありながら中国ではないような、とても複雑な心境になりました。

 

聞いた話にはなりますが、中国の法律ではこのような活動は禁じられており、

現状では、政府が見てみるふりをしてくれている、といった状態のようです。

元々、ウイグル人が伝統的にその土地で行われていた伝統的な活動が”違法”とみなされているのは・・・

一旅行者の意見としては、ウイグル人の文化が残ってほしいところです。

 

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